2006年09月19日
電話
今月携帯電話代凄いことになるだろうなあ
Mさんとも結構電話で長話してるし、彼女は今日は男と会うことになったから、会うまでちょっと話してた。簡単に股開くなよ!リアルな話しになっちゃって、もう、そういう書き方しかできなくなってるんだけど、彼女のことはおいといて・・・・今日はその後のことを少し書いてみようと思ってます。
僕は、昔、僧侶で住職をしていたと言ってきたのですけど、結構ラジカルな活動をしていました。そういう法友も結構居たりして、数年外国人差別に反対する運動に関わったり、それをきっかけにいろんな被差別解放闘争をしている方と言葉を交わしたり・・・・で、比較的近い環境にいる当時親しい青年だった友と今日は話しをすることが出来た。
書き出しはキレイだけど、恥も外聞もなく借金しないと生活まわらないので、数少ない縁を頼って、かつての友人1名と法友2名に電話をして話をしていました。
友人は11年ぶりに癌がかつて除去した腎臓、だったと思う、最寄りのリンパ節に再発が認められ、除去手術後の回復入院中とのことであった。月末に退院、翌月から自宅静養を経てフレックスで仕事に復帰すると言っていました。当然、借金は無理
最初にかけた法友1名は僕の知らない10数年前に結婚をし、子供もできて、幸せな家庭を築いているように思えた。ただ、懐かしい知人ではあってもそれ以上ではなかったようで、お金のことは口に出せなかった。
2人目にかけた法友は、正直、もしも同じような反応をされるとしたらどうしようという不安を抱えての電話で、借金の話しに及ぶようであったら、無論お願いをするが、ダメな場合は、潔く、また長い沈黙の、恐らくまた連絡を取ることはないであろう、遠い遙かな懐かしい親しい人として、大切に静かにおいておこうという気持ちで電話をしました。電話をしたのは実に20年を越える音信不通の歳月を経てのことです。
2時間30分を越える長い電話での話しでした。虚空共闘・蓮・和田稠先生・池田先生・松井先生・・・・(すいません説明省略しますね)僕の音信不通であった長い時間の経過報告、そして借金の話。そういう機会を経て、かつての祖母の借金問題の時、かの法友の信念の決断・・・・と長い懐かしい会話の中で、彼は僕の現況を認識して協力を快諾してくれた。
話しは戻るけど、昼間、お金を貸してくれると言ってくれた友人は実は兄弟に彼が入院中かその後に彼の口座からお金を引き出されてしまっていて、あるつもりのお金がなくなっている。で、振り込みしようとしたが出来なかったというのである。彼がいまリハビリの生活をしていることを考えると惨い話しであった・・・・
友人には、当然、借りれるはずもなく、いろいろ考えた挙句にとった恥も外聞もかなぐり捨てた行動が長年の禁を破ってかつての法友に電話で話をするという行動であった。
嬉しかったですねえ、躊躇のない返事、彼が決して裕福と言うことではない、現実直ぐに送れるのは100000で後は少し時間をかけて用意をしてくれるという話しで、僕の復帰を再起を願ってくれた。また、かつて祖母の問題を契機としてそういう場から消えたことを惜しんでくれた。有り難いと強く思った。このお金で1年か2年を堪え忍ぶつもりである。貸してくれたのは50万、9月末に引き落としをしなければならない、自動車保険3ヶ月分51000が確保できた。また長年、喪失していた東本願寺真宗聖典(朱本)をまたこの手にすることが出来る確約をとれた。
僕にはこういう人たちがいたことを、最低最悪な情況にある僕のことを、真正面から受け止めて考えてくれる友人がいたことを改めて確認することが出来て、心ゆたかに今日は一日を綴じることが出来ることを嬉しく思う。
天上天下、唯我独尊
独生独死、独去独来
一つ一つの命の尊さを尊重し、独立した生き方・・・・或るものは癌と直面しながら、或るものは家族の背信行為に晒されながらリハビリの生活、或るものは子どもの歓声の聞こえる幸せに見える家庭、或るものは仏の教えに深く感動を覚え人生をかけて今を生きる。僕?転落した泥池の底に沈みかけながら這い上がろうと、今、励ましの声に心揺るがしています
でも、どんな生活かって?日給月給です、残業を厭わず、休むことのない様にひたすら働き、いろんな公共料金滞納しながら、辛うじて活活で・・・それでも足らず更に経費圧縮に苦心しながら、何とか今月を凌ごうと、ジタバタする。そんな毎日です。でもMさんかまってくれるし、友人も健在で居てくれた。有り難いです
Mさんとも結構電話で長話してるし、彼女は今日は男と会うことになったから、会うまでちょっと話してた。簡単に股開くなよ!リアルな話しになっちゃって、もう、そういう書き方しかできなくなってるんだけど、彼女のことはおいといて・・・・今日はその後のことを少し書いてみようと思ってます。
僕は、昔、僧侶で住職をしていたと言ってきたのですけど、結構ラジカルな活動をしていました。そういう法友も結構居たりして、数年外国人差別に反対する運動に関わったり、それをきっかけにいろんな被差別解放闘争をしている方と言葉を交わしたり・・・・で、比較的近い環境にいる当時親しい青年だった友と今日は話しをすることが出来た。
書き出しはキレイだけど、恥も外聞もなく借金しないと生活まわらないので、数少ない縁を頼って、かつての友人1名と法友2名に電話をして話をしていました。
友人は11年ぶりに癌がかつて除去した腎臓、だったと思う、最寄りのリンパ節に再発が認められ、除去手術後の回復入院中とのことであった。月末に退院、翌月から自宅静養を経てフレックスで仕事に復帰すると言っていました。当然、借金は無理
最初にかけた法友1名は僕の知らない10数年前に結婚をし、子供もできて、幸せな家庭を築いているように思えた。ただ、懐かしい知人ではあってもそれ以上ではなかったようで、お金のことは口に出せなかった。
2人目にかけた法友は、正直、もしも同じような反応をされるとしたらどうしようという不安を抱えての電話で、借金の話しに及ぶようであったら、無論お願いをするが、ダメな場合は、潔く、また長い沈黙の、恐らくまた連絡を取ることはないであろう、遠い遙かな懐かしい親しい人として、大切に静かにおいておこうという気持ちで電話をしました。電話をしたのは実に20年を越える音信不通の歳月を経てのことです。
2時間30分を越える長い電話での話しでした。虚空共闘・蓮・和田稠先生・池田先生・松井先生・・・・(すいません説明省略しますね)僕の音信不通であった長い時間の経過報告、そして借金の話。そういう機会を経て、かつての祖母の借金問題の時、かの法友の信念の決断・・・・と長い懐かしい会話の中で、彼は僕の現況を認識して協力を快諾してくれた。
話しは戻るけど、昼間、お金を貸してくれると言ってくれた友人は実は兄弟に彼が入院中かその後に彼の口座からお金を引き出されてしまっていて、あるつもりのお金がなくなっている。で、振り込みしようとしたが出来なかったというのである。彼がいまリハビリの生活をしていることを考えると惨い話しであった・・・・
友人には、当然、借りれるはずもなく、いろいろ考えた挙句にとった恥も外聞もかなぐり捨てた行動が長年の禁を破ってかつての法友に電話で話をするという行動であった。
嬉しかったですねえ、躊躇のない返事、彼が決して裕福と言うことではない、現実直ぐに送れるのは100000で後は少し時間をかけて用意をしてくれるという話しで、僕の復帰を再起を願ってくれた。また、かつて祖母の問題を契機としてそういう場から消えたことを惜しんでくれた。有り難いと強く思った。このお金で1年か2年を堪え忍ぶつもりである。貸してくれたのは50万、9月末に引き落としをしなければならない、自動車保険3ヶ月分51000が確保できた。また長年、喪失していた東本願寺真宗聖典(朱本)をまたこの手にすることが出来る確約をとれた。
僕にはこういう人たちがいたことを、最低最悪な情況にある僕のことを、真正面から受け止めて考えてくれる友人がいたことを改めて確認することが出来て、心ゆたかに今日は一日を綴じることが出来ることを嬉しく思う。
天上天下、唯我独尊
独生独死、独去独来
一つ一つの命の尊さを尊重し、独立した生き方・・・・或るものは癌と直面しながら、或るものは家族の背信行為に晒されながらリハビリの生活、或るものは子どもの歓声の聞こえる幸せに見える家庭、或るものは仏の教えに深く感動を覚え人生をかけて今を生きる。僕?転落した泥池の底に沈みかけながら這い上がろうと、今、励ましの声に心揺るがしています
でも、どんな生活かって?日給月給です、残業を厭わず、休むことのない様にひたすら働き、いろんな公共料金滞納しながら、辛うじて活活で・・・それでも足らず更に経費圧縮に苦心しながら、何とか今月を凌ごうと、ジタバタする。そんな毎日です。でもMさんかまってくれるし、友人も健在で居てくれた。有り難いです
Posted by chijun at 01:03│Comments(0)│TrackBack(0)
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